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産業財産権豆知識
特許制度の沿革
明治18年(1885年)に公布された専売特許条例はわが国最初の特許法であり、交付の日である4月18日は発明の日と称し、この日を中心に各種の行事が行われている。
特許制度がない明治8年(1875年)頃に、純日本式の紡績機を発明した臥雲辰致は、明治10年の第1回内国勧業博覧会に出品して賞を受け、本会第一の優秀発明と激賞されたが、これがかえって国内業者の模倣を促し、しかも模倣者は自らを発明者と称して宣伝に努め、臥雲は毎日の食料費にも窮してしまった。
博覧会事務局は、この実状を訴え、「天道是が非か、余ここに至って筆を投じて慨然たり」と異例の報告書を公表している。
これは特許制度がなかった時代を如実に示す出来事である。このような中、専売特許条例の公布を発明者が感激をもって迎えたことはいうまでもない。出願数も当局者の予想をはるかに超えるものであった。
リンカーンの特許
およそ130年前、アメリカ合衆国の大統領となったリンカーンは特許強化政策を行った。特許制度について彼は「特許制度は、天才の火に、利益という油を注いだ」と言っている。
リンカーンは自らも特許を取得している。1849年、彼が40歳の時に出願したものだが、ねらいは、荷物を積んだ船が浅瀬にさしかかった時、浅瀬を無事通り抜けようというものである。原理は、船体の両弦に、収縮膨張自在の、提灯式の浮力室を設け、船が浅瀬にさしかかった時、浮力室を膨張させて水面下に延びるようにし、その浮力を利用して吃水を浅くするというものである。
著名商標「SONY」ができるまで
ソニーの前身である東京通信工業が海外へ進出するにあたって、商標を決めようということになり、まず東通工の頭文字を取った「TKK」が候補にあがったが、アメリカにはNBC等のアルファベット3文字の会社名がいろいろあって、目立たないからやめようということになった。そこでラテン語で音という意味の「SONUS」の複数形の「SONI」を探しだし、「ソニー」と呼ぶことにしようと考えたが、アメリカ人に「ソナイ」と発音されてしまうので、まずいということで没になった。
次に考えついたのは「SONNY」という英語であった。息子という意味のSONからくる言葉で「可愛い」とか「子供らしい」という意味がある。ところが日本人が読むと「ソンニー」になり、ソンは損に通じて縁起がよくない。さらに英米人は「サニー」と発音することになってしまうので、これまた没。そして、ようやく決まったのが「SONY」なのである。これはソニーの創始者の一人である盛田昭夫氏が考えたものだそうだ。
参考文献
- 吉藤幸朔著 熊谷健一補訂 「特許法概説第11版」 有斐閣
- 竹村健一著 「盛田昭夫の自分をもっと大きく生かせ」 三笠書房
- 望月良次 佐伯健兒著 「特許 デザイン 商標の知識とQ&A」 法学書院
- 日本感性工学会 IP研究会編著 「ビジネスモデル特許」 財団法人通商産業調査会出版部
- 特許庁商標課編集 「商標権の指定商品の書換のための書換ガイドライン」
財団法人日本特許情報機構
社団法人発明協会 - 特許庁ホームページ 「特許 実用新案審査基準」の改訂について
平成12年12月28日 審査第二部調整課